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選択肢が多いほど決定は遅くなる、ヒックの法則(Hick's Law)

飲食店に入り、数十種類もの料理がぎっしり載ったメニューを渡されると、しばらく眺めた末に、結局いつも食べているものを選んでしまうことがあります。反対に、メニューが三、四種類しかない店では、すぐに注文が済みます。選ぶものが増えるほど、決定もそれだけ遅くなります。

デザイン学や人間工学では、この現象を「ヒックの法則(Hick's Law)」で説明します。選択肢の数が増えるほど、人がその中から一つを選ぶのにかかる時間が長くなるという法則で、ともに研究した学者の名前を付けて「ヒック・ハイマンの法則(Hick-Hyman Law)」とも呼ばれます。

本資料では、ヒックの法則の意味と誕生の背景から、法則に含まれる計算方法、画面や空間のデザインでの活用例、そして法則を適用する際の注意点まで、わかりやすくまとめます。


ヒックの法則の理解と活用

ランプの実験から生まれた法則

ヒックの法則を、単純な選択反応実験と情報量で説明する。AとBの信号灯のうち、Bが点灯したら対応するBボタンを押す模式図。同じ確率で現れる選択肢が2個、4個、8個のとき、情報量はそれぞれ1ビット、2ビット、3ビットとなる。左の数式欄には、同じ確率で現れるn個の選択肢の情報量H = log₂n(ビット)、右の数式欄には本文の反応時間モデルRT = a + b × log₂(n+1)を示す。aとbは実験条件に応じた定数。表は情報量の計算であり、反応時間の予測値ではないと明記している。条件が似ている場合、平均反応時間は情報量に応じて増える傾向があるが、選択肢が倍になっても時間が倍になるわけではない。出現確率や練習、信号とボタンの対応関係、課題全体で求められる検索・読解・比較が影響する。複雑な購入判断や好みに関する決定にはそのまま適用せず、見つけやすく整理したうえで、実際の使用を通じて確かめる。雑学書庫。
小さな丸いランプ十個が円形に配置された、昔の実験用木製パネル

この法則は、イギリスの心理学者ウィリアム・エドマンド・ヒック(William Edmund Hick)が1952年に発表した論文「情報獲得の速度について(On the Rate of Gain of Information)」から始まりました。ヒックは、円形に並べた10個のランプのうち一つが点灯したら、そのランプに対応するキーを指で押すという実験を行いました。

ヒックは、点灯する可能性のあるランプの数を変えながら、反応時間を測りました。その結果、選択肢が増えるほど反応は遅くなりましたが、時間は選択肢の数に正比例して増えるわけではありませんでした。選択肢が倍になっても、かかる時間は倍にはならず、一定の幅ずつ増えました。

翌1953年には、アメリカの心理学者レイ・ハイマン(Ray Hyman)が似た実験を行いました。ハイマンは、選択肢の数だけでなく、それぞれの選択肢が現れる確率を変えても反応時間が変わることを示しました。よく現れる信号には速く、まれに現れる信号には遅く反応するということです。二人の研究が合わさり、今日のヒック・ハイマンの法則となりました。


選択肢と決定時間の関係

似た商品がずらりと並ぶスーパーの陳列棚の前に立つ人の後ろ姿

ヒックの法則は、一般にRT = a + b × log₂(n + 1)という式で表されます。ここでRTは反応時間、nはそれぞれが同じ確率で現れる選択肢の数です。aは選択に関係なくかかる基本的な時間で、bは情報の処理にかかる時間の割合です。nに1を足すのは、「何もしない」場合も数に含めるためです。

この式の鍵となるのは対数です。対数には、数が大きくなるほど増加の幅が次第に小さくなる性質があります。そのため、選択肢が1個から3個に増える場合と、15個から17個に増える場合を比べると、前者のほうが決定時間をはるかに大きく増やします。

このような形になるのは、人が選択肢を一つずつすべて調べるのではなく、範囲を半分ずつ絞りながら選ぶように情報を処理するためだと説明されています。ヒックは情報理論を取り入れ、人の判断過程を、一定の速度で情報を受け入れる通路のように捉えました。

ヒックはこの実験で、人が受け入れる情報量は1秒あたりおよそ5ビット(bit)で、ほぼ一定だと報告しました。ビットは、二つのうち一つを判別するのに必要な情報量を表す単位です。選択肢が増えると、判別すべき情報が増え、それだけ時間もかかるという説明です。


画面と空間のデザインにおけるヒックの法則

大きなボタンがいくつかあるだけのシンプルなアプリ画面を表示したスマートフォンを持つ手

ヒックの法則は、ウェブサイトやアプリの画面を設計する際によく使われます。最初の画面にボタンやメニューが多すぎると、ユーザーはどこを押せばよいかわからず迷い、場合によっては何もせずに離れてしまいます。そのため、多くのサービスでは、必要不可欠な機能だけを前面に置き、残りは奥に隠す方法を採用しています。

デザイナーがよく使う方法は、次のとおりです。

  • 分類(Categorization):似た選択肢をまとめていくつかの大きなカテゴリーに分け、その中でさらに選べるようにします。
  • 段階的開示(Progressive Disclosure):最初は基本機能だけを見せ、ユーザーが必要とするときに詳細設定を展開して表示します。
  • おすすめ表示(Highlighting):最もよく使われる選択肢を目立たせ、迷わずすぐに選べるようにします。

この原理は、画面の外でも通用します。リモコンのボタンを減らすことや、空港や地下鉄駅の案内板に必要不可欠な情報だけを載せること、会員登録フォームを複数の段階に分けることも、同じ考えから生まれました。

ヒックの法則は、フィッツの法則(Fitts's Law)とともに紹介されることがよくあります。フィッツの法則が目標まで手やマウスを移動させる時間を扱うのに対し、ヒックの法則は何を押すかを決める時間を扱います。二つの法則をあわせて考えると、ユーザーが一つのボタンを押すまでにかかる時間を、より正確に見積もれます。


ヒックの法則を適用する際の注意点

すっきりした案内標識の前で、進む方向を選ぶ鉄道駅の旅行客たち

ただし、ヒックの法則は、どのような場面にもそのまま当てはまる法則ではありません。この法則は、単純な信号を見てすぐに反応する状況から生まれたものです。長い文章を読んで比較する必要がある場合や、初めて見る選択肢を一つずつ検討する必要がある複雑な決定には、そのまま適用することが困難です。

また、慣れも大きな変数です。毎日使うプログラムのメニューは、項目が多くてもユーザーが位置を覚えているため、すぐに見つけられます。このようなときに無理にメニューを減らしたり、たびたび位置を変えたりすると、かえって使いにくくなることがあります。

選択肢を減らすことが、いつもよいとは限りません。減らしすぎると、ユーザーは目的の機能を探すために何度もクリックして進む必要があり、一つの画面での決定が速くなっても、全体の過程は長くなります。そのため、デザイナーは選択肢の数と階層の深さの間で、適切なバランスを見つけなければなりません。

ヒックの法則が教えてくれるのは、多く見せることが、そのまま親切さにつながるわけではないということです。人が何を先に見て、どのように選ぶかを考えて選択肢を整理することで、初めて使いやすいデザインになります。

迷いを減らすシンプルな選択肢。それが、使いやすいデザインの第一歩です。