締め切りまで一週間ある報告書には一週間かかり、同じ報告書でも締め切りが三日後なら、どうにか三日で仕上げた経験はありませんか。時間に余裕があるほど仕事が減るどころか、かえって増えてその時間を埋め尽くす現象は、社会人にも学生にもなじみのあるものです。この身近な経験を鋭い一文にまとめたのが、「パーキンソンの法則(Parkinson's Law)」です。
パーキンソンの法則とは、簡単にいえば「仕事は、それを終えるために与えられた時間に合わせて膨らむ」という観察を指します。イギリスの歴史学者シリル・ノースコート・パーキンソン(Cyril Northcote Parkinson)が、1955年にイギリスの時事週刊誌『エコノミスト(The Economist)』に掲載した風刺エッセイで初めて提唱し、1957年に同名の書籍にまとめられ、世界中に広く知られるようになりました。
本資料では、パーキンソンの法則の意味と誕生の背景から、官僚組織が大きくなる仕組み、併せて知られる凡俗の法則と第2法則、そして日常でこの法則を逆手に取る方法まで、わかりやすく整理します。
パーキンソンの法則の仕組みと活用
パーキンソンの法則とは何か?


パーキンソンはエッセイの冒頭で、ある例を挙げています。ほとんど用事のない老婦人が、甥にはがきを一枚送るだけで一日を費やすという話です。はがきを選ぶのに一時間、眼鏡を探すのに一時間、住所を探すのに三十分、文章を推敲するのに一時間余りかかります。忙しい人なら数分で終わることが、時間に余裕のある人にとっては一日がかりの仕事になるわけです。
この観察から生まれた核心となる一文が、「仕事は、完成のために使える時間を満たすまで膨張する(Work expands so as to fill the time available for its completion)」です。仕事の量は初めから固定されているのではなく、与えられた時間や余裕に応じて、ゴムのように伸び縮みするという意味です。
- 時間の膨張(Time Expansion):締め切りが遠いと、準備・確認・修正などの付随作業が際限なく増えます。
- 基準の上昇(Rising Standards):余裕が生まれると、「これで十分だ」という基準が次第に高くなります。
- 先延ばしと駆け込み作業(Procrastination):残り時間が多いと感じると着手を先延ばしにし、締め切り直前にまとめて処理します。
大切なのは、この法則が怠惰を責める言葉ではなく、人や組織が与えられた資源に合わせて仕事を膨らませる傾向を鋭く指摘した観察だということです。
官僚組織はなぜ大きくなり続けるのか?

実は、パーキンソンがエッセイで主に批判の対象としたのは、個人の時間管理よりも官僚組織でした。彼は、仕事の量に関係なく公務員の数は毎年一定の割合で増えると主張し、その理由を二つの原理で説明しました。
(1) 部下増殖の原理
仕事が多いと感じる管理職は、競争相手になる同僚を迎えるよりも、自分の下に部下を二人置こうとします。一人だけならその人が自分の地位を狙う可能性があり、二人なら互いに牽制し合い、管理職の地位はさらに高まるからです。
(2) 業務の相互生産の原理
人が増えると、互いのための仕事が生まれます。決裁、報告、会議、意見の調整が増え、誰もが忙しく働きますが、その仕事のかなりの部分は、組織の外に向けた成果とは無関係な内部業務です。
パーキンソンは、これを裏付ける例としてイギリス海軍省の統計を挙げました。1914年から1928年の間に主力艦船の数は約67%、海軍の将兵の数も約31%減ったのに、海軍省本部の行政職員は逆に約78%増えたというのです。彼はイギリス植民地省でも、管理する植民地が減る間に職員数が増えたと指摘しました。
凡俗の法則とパーキンソンの第2法則

パーキンソンの本には、今日までよく引用される別の観察も収められています。それが「凡俗の法則(Law of Triviality)」です。会議である議題に費やす時間は、その議題の金額や重要性に反比例する傾向があるというものです。
パーキンソンが挙げた例は次のようなものです。委員会は、1,000万ポンドの原子炉建設案については、ほとんどの委員が内容をよく理解していないため、数分で承認します。ところが、職員用の自転車置き場を造る議題では誰でも意見を述べられるため、屋根の材料や費用を巡って長々と議論が続きます。この話から、無用な議論を指す「自転車置き場の議論(Bikeshedding)」という表現が生まれ、今ではソフトウェア開発者の間でも広く使われています。
パーキンソンは1960年の著書『法則と利益(The Law and the Profits)』で、いわゆる第2法則も提唱しました。「支出は収入に合わせて増える」というものです。給料が上がると、貯蓄がその分増えるよりも先に金遣いが大きくなるという経験は、時間だけでなくお金も与えられた分だけ使い切られることを示しています。
批判と限界、日常で逆手に取る方法

パーキンソンの法則は、厳密な科学法則というより、風刺と鋭い観察に近いものです。海軍省の統計にも、当時の軍縮条約、技術の変化、艦船管理業務の複雑化といった別の要因が絡んでいるため、人員の増加をすべて官僚の欲だけで説明するのは難しいとの指摘があります。また、時間に余裕があることで、仕事の質が実際に向上する場合も確かにあります。
それでも、この法則は時間や資源を扱ううえで役立つ警告となります。日常では、次のように逆手に取ることができます。
(1) 自分で締め切りを前倒しする
実際の締め切りより早い自分用の締め切りを設けると、仕事が無駄に膨らむ余地を減らせます。
(2) 時間の枠を設ける
「この仕事には30分だけ使う」というように、作業ごとに制限時間を設けるタイムボクシング(Timeboxing)は、パーキンソンの法則を逆に活用する代表的な方法です。
(3) 会議の議題に重み付けをする
重要な議題を先に扱い、些細な議題には制限時間を設けると、自転車置き場の議論を減らせます。
パーキンソンの法則は、仕事や組織が、与えられた時間や資源を埋め尽くすまで自ら膨らんでいくという事実を、ユーモラスに指摘しています。十分な時間は恵みですが、境界を定めなければ、その時間はいつの間にか不要な仕事で埋まってしまいます。
与えられた時間ではなく、やるべき仕事に合わせて境界を引く習慣。それが時間管理の第一歩です。