給料が上がり、オフィスが快適になり、社内の規則も合理的に変わったのに、働く気になれないと言う人がいます。反対に、給料は変わらないのに仕事がおもしろくて時間がたつのを忘れる人もいます。満足の反対が不満なら、不満をなくすだけでやる気が出るはずですが、現実にはそう動かないことが多いのです。
このずれを一つの理論で説明したのがアメリカの心理学者フレデリック・ハーズバーグ(Frederick Herzberg)で、その理論が二要因理論(Herzberg's Two-Factor Theory)です。職務への満足をつくる要因と不満をつくる要因が、互いに別のまとまりだと見るのが核心で、動機づけ要因と衛生要因という二つの名前で広く知られています。
この記事では、ハーズバーグがこの理論をどのように導いたか、衛生要因と動機づけ要因はそれぞれ何か、そしてこの理論を職場で使うときに何に気をつけるべきかを順に見ていきます。
満足と不満を別々に見る目
面接から始まった理論

ハーズバーグは、仕事でいつ非常に満足し、いつ非常に不満だったかを直接たずねる方法で研究しました。対象はアメリカのピッツバーグ周辺のエンジニアと会計士203人で、当時の企業社会でこれらの職業の比重が高まっていたため選んだと伝えられています。回答者は気分がはっきり変わった出来事を、始まりと終わりのある話として語り、研究者はこれらの話をまとめて、どの要因が繰り返し出てくるかを分析しました。
その結果は1959年の著書『The Motivation to Work』にまとめられ、1968年にはハーバード・ビジネス・レビューに載った論文を通じて広まりました。このように出来事を一つずつ思い出してもらって分析する方法を、重要出来事法(Critical Incident Technique)と呼びます。満足した話には達成や承認が、不満だった話には会社の方針や監督のようなものがよく出てきたことが、その後の理論の骨組みになりました。
衛生要因:なければ不満、あっても満足にはならない

不満をつくる側の要因を、ハーズバーグは衛生要因(Hygiene Factors)と呼びました。衛生は病気を防いでくれても、人をより健康にしてくれるわけではないのと同じだという意味です。主に仕事そのものの外側、つまり仕事を取り巻く環境にあたります。
- 会社の方針と管理(Company Policy):規則が不合理だったり手続きが面倒だったりすると、不満がたまります。
- 監督(Supervision):上司の指示の出し方や管理の仕方がここに入ります。
- 給与(Salary):足りなければ不満になりますが、少し上がっても満足が長く続くことはないと考えます。
- 労働条件と人間関係(Working Conditions and Relationships):安全で快適な職場や、同僚との関係がここに入ります。
これらの要因がきちんと整っていると、不満が減るだけで、つまり不満のない状態になります。不満がないことは、満足していることとは違います。そのためハーズバーグは、衛生要因をどれだけ改善しても、人が仕事にいっそう打ち込むようにはならないと考えました。
動機づけ要因:仕事そのものから生まれる満足

満足をつくる側の要因は動機づけ要因(Motivators)と呼びます。これは仕事そのものとそれをやり遂げる経験から生まれ、人が仕事に意味を感じ、成長していると感じるときに生じます。
(1)達成
任された仕事をやり終えたり、難しい問題を解いたりした経験です。
(2)承認
自分のしたことが他の人に知られ、価値あるものとして評価される経験です。
(3)仕事そのものと責任
仕事がおもしろくやりがいがあり、自分で決められる幅があるという感覚です。
(4)昇進と成長
より大きな仕事を任されたり、新しい力を身につけたりする機会があるという感覚です。
ハーズバーグは、これらの要因があるときに満足と動機が生まれ、なくてもそれがすぐ不満につながるわけではないと説明しました。このため、二つの要因の組み合わせによって職場の姿は四つに分かれます。衛生も動機づけも高ければ理想的な状態で、衛生だけ高ければ不満はないものの給料のためだけに働く状態になります。動機づけだけ高ければ仕事は楽しいけれど不平が多く、どちらも低ければ最悪の状態です。この違いがわかれば、管理者は何から手をつけるかを決められます。

職場で使うときに知っておきたい点

ハーズバーグは、動機づけ要因を増やす方法として職務充実(Job Enrichment)を提案しました。仕事をもっと細かく切ったり単純にしたりすることではなく、担当者が計画し、実行し、評価する過程にもっと関われるようにすることです。仕事をまとまった単位で任せ、自分の仕事の成果を直接聞けるようにし、新しく難しい課題を与えることができます。
ただ、この理論には今も続く批判があります。どこに気をつけて読むべきかを知っておくとよいでしょう。
(1)研究方法の限界
満足と不満が別々に動くという結果は、出来事を思い出させる面接方式のせいで生じたのかもしれないという指摘があります。よかったことは自分のおかげ、悪かったことは外のせいにする傾向が混ざっていた可能性があるからです。現在は、満足と不満を完全に別の尺度とは見ない場合が多くなっています。
(2)人によって違う
この理論は平均的な会社員を想定しているため、個人差をうまく扱えません。同じ給与が、ある人には承認のしるしとなって動機になることもあります。その後の一部の研究では、上司との関係が高い満足とつながる結果も出ています。
(3)満足がそのまま成果ではない
満足した社員のほうがよく生産するという前提は、いつも正しいとは限りません。満足した人が必ず仕事でより大きな成果を出すわけではありません。
それでもこの理論が長く生き残っているのは、給料や福利厚生を整えるだけでは終わりではないことをはっきり示すからです。不満の原因をなくすことと、やる気の原因を育てることは別の仕事であり、両方やって初めて職場はよくなります。不満を減らすところで止まらず、仕事そのものの意味も一緒に見直す目、それが二要因理論の第一歩です。