ダウンロードしたばかりのアプリを初めて開き、ボタンを押しても何の反応もなければ、もう一度押すべきか、待つべきか迷ってしまいます。誤って消した写真を元に戻す方法が見当たらないときも、すぐにもどかしくなります。こうした使いにくい画面には共通の理由があるのではないでしょうか。この問いに十の基準で答えたのが「ニールセンのユーザビリティ・ヒューリスティクス(10 Usability Heuristics for User Interface Design)」です。
ニールセンのユーザビリティ・ヒューリスティクスとは、簡単に言うと「ユーザーが楽に使える画面かどうかを測る十の経験則」のことです。ヒューリスティクスとは、細かい指針ではなく大まかな道しるべという意味です。デンマーク出身のユーザビリティ専門家ヤコブ・ニールセン(Jakob Nielsen)が1990年にロルフ・モリッヒ(Rolf Molich)とともに初めてまとめ、1994年に磨き上げたリストが今もそのまま使われています。
本記事では、このヒューリスティクスが生まれた背景から、十の原則の内容、日常の中で見つかる例、そしてこれを活用した評価方法と限界まで、順に見ていきます。
使いやすい画面の十の基準
ヒューリスティック評価の誕生

ユーザビリティを確かめるいちばん確実な方法は、実際のユーザーに使ってもらうことです。しかしこの方法は時間も費用もかかるため、小さなチームでは頻繁に行うのが難しいものです。
(1)安くて速い点検法
ニールセンとモリッヒは1990年、専門家が数人で決められた原則に照らして画面を調べる「ヒューリスティック評価(Heuristic Evaluation)」を提案しました。ユーザーを集める必要がないので、少ない費用で問題を見つけられます。
(2)1994年の整理
ニールセンは1994年、実際に見つかったユーザビリティの問題249件を分析し、それを最もよく説明できる原則を十個選び直しました。2020年に説明と例が補強されましたが、原則そのものは変わっていません。
(3)紙の上でもできる評価
評価者は実際の作業をせず画面を眺めるだけなので、まだ作られていない紙の設計案も点検できます。そのため、開発の初期にとくに役立ちます。
十の原則

ニールセンが示した十の原則は次のとおりです。
- システム状態の可視性(Visibility of System Status):今何が起きているかを、適切なタイミングで知らせます。
- システムと現実世界の一致(Match Between the System and the Real World):専門用語ではなく、ユーザーになじみのある言葉と順序を使います。
- ユーザーの制御と自由(User Control and Freedom):誤った操作を元に戻したり、抜け出したりできる非常口を用意します。
- 一貫性と標準(Consistency and Standards):同じ意味なら同じ言葉と形を使い、業界の慣例に従います。
- エラーの予防(Error Prevention):ミスが起きやすい条件をなくすか、実行前にもう一度確認します。
- 記憶よりも認識(Recognition Rather than Recall):必要な情報やメニューを目に見える場所に置き、覚える負担を減らします。
- 柔軟性と効率性(Flexibility and Efficiency of Use):慣れた人のためにショートカットやカスタマイズ設定を用意します。
- 美的で最小限のデザイン(Aesthetic and Minimalist Design):不要な情報が大事な情報を隠さないようにします。
- エラーの認識、診断、回復の支援(Help Users Recognize, Diagnose, and Recover from Errors):エラーコードではなく、やさしい言葉で問題と解決方法を伝えます。
- ヘルプとドキュメント(Help and Documentation):必要なときにすぐ見つかる、短くて具体的な案内を用意します。

日常の中で探すヒューリスティクス

これらの原則は、画面の外の身の回りの物や空間にも簡単に見つかります。
ショッピングモール案内図の現在地表示
大きなショッピングモールの案内図に付いた「現在地」の印は、自分がどこにいるかを教えて、次に進む道を決める助けになります。一つ目の原則であるシステム状態の可視性をよく表しています。
コンロの配置と同じガスコンロのつまみ
つまみがコンロの火口と同じ形に並んでいるガスコンロは、どのつまみがどの火をつけるのかがすぐにわかります。現実世界との一致がもたらす便利さです。
山道のガードレール
曲がりくねった山道のガードレールは、車が崖から落ちる事故を前もって防ぎます。起きてから直すより最初から防ぐほうがよいという、エラー予防の考え方と同じです。
評価方法と限界

ヒューリスティック評価は効率が高いものの、うまく使うには知っておきたい点がいくつかあります。
(1)評価者は三人から五人
ニールセンの複数の事例を平均すると、評価者一人が見つけられた問題は約35%にとどまりました。人によって見つける問題が違うため、各自が別々に調べてから結果を合わせる方法で、ふつう3人から5人が勧められます。
(2)直し方までは教えてくれない
この評価はどの原則に反しているかを指摘してくれますが、具体的にどう直すか、新しい設計のほうがよいかどうかは別に判断する必要があります。
(3)ユーザーテストの代わりにはならない
専門家の目で見つけた問題は、実際のユーザーが出会う問題と異なることがあります。そのためヒューリスティック評価は、ユーザーテストの前後に併用する補完的な道具と考えられています。
ニールセンのユーザビリティ・ヒューリスティクスは、30年以上ほとんどそのまま使われているほど、画面が変わっても通用する基準です。今日ではアプリやウェブだけでなく、仮想現実、ゲーム、キオスクを設計するときにも基本のチェックリストとして使われています。
新しい画面を出す前に、ユーザーが今何をしているのかわかるか、ミスを元に戻せるかを先に確かめること、それが使いやすいデザインの第一歩です。