初めてキンパを巻いてみると、1本に10分以上かかり、形もいびつになります。ところが100本ほど巻くと手が自然に動き、1分できれいなキンパができあがります。材料は同じなのに、時間とミスが減るので、1本あたりのコストも下がります。企業でこうした変化を数字で示す概念が、「経験曲線(Experience Curve)」です。
経験曲線とは、簡単に言えば「これまでに作った総量が2倍になるたびに、1つを作るのにかかるコストが一定の割合で下がる現象」を意味します。たくさん作ってきた企業ほど安く作れるということなので、価格競争や市場シェア戦略の土台となってきました。
本資料では、経験曲線の誕生とコストが下がる仕組みから、自動車と太陽光パネルの事例、そしてこの戦略がぶつかる限界までを順に見ていきます。

作るほど安くなるコストの法則
経験曲線とは何か?

経験曲線は、横軸に累積生産量を、縦軸に製品1つあたりのコストをとって描いたグラフです。最初はコストが急激に下がり、生産量が積み重なるにつれてなだらかになる形をしています。
(1)航空機工場から始まった発見
1936年、アメリカの航空機メーカー、カーチス・ライト(Curtiss-Wright)の技術者セオドア・ポール・ライト(Theodore Paul Wright)は、飛行機の累積生産機数が2倍になるたびに、1機を作るのにかかる作業時間が約20%ずつ減るという事実を発表しました。この規則は彼の名前にちなんで「ライトの法則」と呼ばれています。
(2)経営戦略になった曲線
1960年代、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の創業者ブルース・ヘンダーソン(Bruce Henderson)は、労働時間だけでなく、管理、マーケティング、流通まで含めた全体のコストにも同じ流れがあることを見つけました。半導体の価格データを分析して、累積経験が2倍になるたびに実質価格が約25%ずつ下がったという結果を示し、これを「経験曲線」と名づけました。ヘンダーソンは、2つの概念は互いに関係はあるもののかなり違うと説明しており、学習曲線が主に作業者の労働時間を扱うのに対し、経験曲線は企業全体のコストを扱います。
コストが下がる仕組み

経験曲線は、同じ仕事を繰り返すあいだに組織全体が学び、磨かれていくために生まれます。コストを押し下げる要因は、大きく4つに分けられます。
- 労働の熟練(Labor Efficiency):働く人の手が速くなり、迷いやミスが減ります。
- 標準化(Standardization):部品と作業手順を1つにそろえ、人ごとに担当する仕事を分けて効率を高めます。
- 工程改善(Process Improvement):より良い設備と自動化を取り入れ、機械を休みなく動かします。
- 製品の再設計(Product Redesign):作ってきた経験をもとに、部品の数を減らしたり、作りやすい構造に変えたりします。
(1)数字で呼ばれる曲線
BCGは、累積生産量が2倍になったときにコストが元の何%残るかで曲線を呼びました。コストが15%減って85%が残れば「85%経験曲線」といいます。業界によって異なりますが、おおむね10~25%程度ずつ下がることが知られています。
(2)下がったコストは価格で還元します
BCGは、コストが下がればその分だけ価格も下げるよう勧めました。高い価格にこだわれば当面の利益は大きいものの、その利益を見て競合他社が押し寄せ、結局は価格が一気に崩れやすいからです。価格を着実に下げれば新しい競合が参入しにくくなり、増えたシェアがさらに経験を積み上げて、コストをいっそう下げてくれます。
事例で見る経験曲線

経験曲線は教科書の中のグラフにとどまらず、実際の産業の歴史の中で何度も確認されてきました。
[事例1]値段が下がり続けたフォード・モデルT
フォードのモデルTは1910年に780ドルで売られていましたが、1924年には290ドルまで下がりました。1913年に動く組立ラインを導入したあと、1台を組み立てる時間は12時間30分から93分に短縮されました。1914年には、フォード1社がほかの自動車会社をすべて合わせたよりも多くの車を作りました。生産量が増えるほど値段が下がり、値段が下がるほどさらに多く売れる流れが続いた代表的な例です。
[事例2]設置するほど安くなる太陽光パネル
太陽光パネルは、世界の累積設置量が2倍になるたびに価格が約20%ずつ下がってきました。この流れは、アメリカの太陽光企業サンパワー(SunPower)を創業したリチャード・スワンソン(Richard Swanson)の名前にちなんで「スワンソンの法則」と呼ばれ、かつては高価な技術だった太陽光が広く普及した背景として挙げられます。
経験曲線戦略がぶつかる限界

BCGは、先にたくさん作った企業がコスト優位を手にするので、シェアを早く広げるよう助言しました。シェアの低い事業は整理し、勝てる事業に力を集めるという考え方は、BCGマトリクスにもつながりました。しかし、コストだけを見つめる戦略には明らかな落とし穴があります。
(1)変化を見逃す危険
1974年、ウィリアム・アバナシー(William Abernathy)とケネス・ウェイン(Kenneth Wayne)は『ハーバード・ビジネス・レビュー』に載せた論文でフォードを例に挙げました。モデルTの原価を下げることだけに没頭しているあいだに、競合他社はさまざまな色や車体、便利な機能を打ち出し、フォードは1927年にモデルTの生産を止めたあと、品質と性能で競うことに大きな代償を払わなければなりませんでした。
(2)曲線が途切れる瞬間
新しい技術が登場すると、積み上げてきた経験が一気に役に立たなくなることもあります。また、経験の効果と規模の経済は互いに絡み合っていて切り離して測るのが難しく、すべての企業が同じ戦略をとれば、終わりのない価格戦争に発展しかねません。
経験曲線は、繰り返しがそのまま実力になり、実力がそのままコスト優位になることを示しています。ただし、その曲線の上を走っているあいだにも、顧客が求めるものが変わっていないかを合わせて見守る必要があります。
積み重ねた経験でコストを下げつつ、次の変化を見逃さないこと、それが長く続く競争力の第一歩です。