大事な発表を控えた日の朝に限ってプリンターが止まり、急いで出かけようとすると信号が次々と赤に変わったりします。このように物事がよりによって一番困るタイミングでこじれるとき、人々はよくある法則を思い浮かべます。それが「マーフィーの法則(Murphy's Law)」です。
マーフィーの法則とは、簡単に言えば「失敗する可能性のあることは、いずれ失敗する」という経験則を指します。今日では運の悪い一日を嘆く冗談のように使われますが、この言葉が最初に生まれたのは、人の命がかかったアメリカ空軍の試験場でした。
この記事では、マーフィーの法則が生まれた背景から、もともと込められていた意味、なぜか自分にだけ起こるように感じられる理由、そしてこの法則を逆手に取る設計の知恵までを順に見ていきます。

不運の法則に隠された備えの知恵
マーフィーの法則はどこから始まったのか?

マーフィーの法則という名前は、アメリカの航空技術者エドワード・マーフィー(Edward A. Murphy Jr.)に由来します。正確ないきさつは証言によって少しずつ異なりますが、1948年から1949年にかけてのロケットそり実験で起きた出来事が出発点だとされています。
(1)逆に接続されたセンサー
当時の空軍のMX981計画は軍医ジョン・スタップ(John Paul Stapp)が率いており、ロケットそりを急停止させて、人がどれほど大きな減速に耐えられるかを調べる実験でした。マーフィーは体にかかる力を正確に測るため、ベルトの固定装置に取り付ける測定センサーを持ち込みました。ところが試験の結果、測定値はゼロと出て、調べてみるとセンサーの一部が逆に接続されていました。このときマーフィーが「間違ったやり方があるなら、誰かが必ずそうする」という趣旨でぼやいた言葉が、名前の始まりになったと伝えられています。
(2)記者会見を通じて広まる
その少し後の記者会見で、スタップは危険な実験で大けがをした人がいなかった秘訣としてこの法則を挙げました。失敗しうるあらゆるケースを前もって検討し、備えたからだという説明でした。その後1977年にアーサー・ブロック(Arthur Bloch)がさまざまな変形を集めた本を出版したことで、マーフィーの法則は世界中で有名になりました。ただし似た考えはずっと前からあり、1877年にはイギリスのある技術者が、海の上では失敗しうることは結局失敗すると書き、1908年にはイギリスのある奇術師も、新しい奇術を初めて披露する日のような特別なときには、失敗しうることはすべて失敗すると書いています。
もともとの意味は悲観ではなく備えだった

今日、マーフィーの法則は「自分はなぜこんなに運が悪いのか」というあきらめの言葉として使われることが多いものです。しかし試験場で生まれた本来の意味は、むしろ正反対に近いものでした。
- 設計の警告(Design Warning):あることをするやり方がいくつもあり、そのうちの一つが大事故につながるなら、いつか誰かがそのやり方を選ぶという意味です。
- 整備現場の教訓(Maintenance Lesson):1955年、ある航空整備の会報は「部品を間違って取り付けられるなら、誰かがそう取り付ける」という一文でこの法則を紹介しました。
- 備えの原則(Preparedness Principle):スタップが言ったように、失敗しうる可能性をすべて書き出し、一つずつ防いでいけば、危険な実験も安全にやり遂げられます。
つまりマーフィーの法則は、人のミスを責める言葉というより、ミスが起こるすき自体をなくせという技術者の警告でした。この名前を広めた功績により、スタップとマーフィー、そして当時一緒に働いていた技術者ジョージ・ニコルズ(George Nichols)は、2003年にユニークな研究に贈られるイグノーベル賞(Ig Nobel Prize)をそろって受賞しています。
なぜか自分にだけ起こるように思えるのはなぜ?

物事がこじれる瞬間がやけに頻繁に訪れるように感じられるのは、私たちの記憶と注意が生み出す錯覚によるところが大きいのです。
不便なときだけ目につく
生物学者リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)は、映画の撮影を邪魔する飛行機の騒音を例に挙げました。空にはいつも飛行機が飛んでいるのに、撮影中に音が入り込んで困ったときだけ、その存在に気づくというのです。順調な日は記憶に残らず、こじれた日だけが長く残るため、不運のほうが多いと信じてしまいます。
回数が多ければまれなことも起こる
統計学者デイヴィッド・ハンド(David Hand)は、試行回数が十分に多ければ、まれなことでもいつかは起こるものだと説明します。毎日何十回も信号に出くわす人なら、赤信号に続けて引っかかる日も確率的にごく自然に訪れます。
本当にバターの面が下になることもある
テーブルから落ちたトーストはバターを塗った面から落ちるという昔ながらのぼやきは、実際に実験の対象になりました。イギリスの物理学者で科学ライターのロバート・マシューズ(Robert Matthews)は、テーブルの端から滑り落ちたトーストは、普通の高さのテーブルでは床に着くまでに半回転ほどしかしないため、バターの面が下を向きやすいことを示し、この研究で1996年にイグノーベル賞を受賞しました。空中に投げ上げたトーストは表と裏が半々に出たという実験もあり、運というよりは落ち方の条件の問題だといえます。
マーフィーの法則を逆手に取る方法

失敗しうることがいずれ失敗するのなら、解決策は失敗しうる道を最初から減らすことです。これを防御的設計と呼び、私たちの身の回りでも簡単に見つけることができます。
(1)ミスできないようにする
イギリス式のコンセントとプラグは、一方向にしか差し込めない形に作られています。日本の製造業で広く使われるポカヨケ(Poka-yoke)も同じ考え方で、部品を間違った向きにはそもそもはめられないようにして、ミスを根本から防ぎます。
(2)ミスを早めに見つける
会員登録画面で電話番号の欄に文字を入れるとすぐに知らせてくれるように、ソフトウェアは誤った入力を前もってはじきます。このように確認の段階をもう一つ設ければ、小さなミスが大きな事故に広がる前に食い止められます。
(3)うまくいかなくても持ちこたえられるようにする
大切なファイルを複数の場所にバックアップし、出発時間に余裕を持たせる習慣も、マーフィーの法則への備えです。一つがうまくいかなくても別の道が残っていれば、不運はちょっとしたハプニングで終わります。
マーフィーの法則をひっくり返した「イフラムの法則(Yhprum's Law)」もあります。マーフィー(Murphy)のつづりを逆にした名前のとおり、うまくいく可能性のあることは結局うまくいくという楽観を込めた法則です。どちらの法則も、結果を運に任せるより可能性を前もって見積もってみようという点では変わりません。
物事がこじれる日が来たら、世の中のせいにするより、どこにすきがあったのかを落ち着いて振り返るほうが次を変えます。
失敗しうることを前もって見積もり備えること、それが不運を実力に変える知恵の第一歩です。