本文へ移動
雑学書庫好奇心が集まる場所
日本語

凍るはずなのに凍らない水、過冷却(Supercooling)

寒い冬の日、ベランダに置いてあったミネラルウォーターのボトルを取り出し、ふたを開けた瞬間、普通の水が一瞬で白い氷に変わる動画を見たことはありますか。確かに氷点下の気温だったのに、水は凍らずに液体のままでいて、わずかな衝撃で一気に凍りつきます。

水は0℃で凍ると習いますが、実際には0℃より冷たくなっても、すぐには凍らない場合があります。このように、液体が凝固点より低い温度まで冷えても固体に変わらず、液体の状態を保つ現象を「過冷却(Supercooling)」と呼びます。

本資料では、過冷却とは何か、なぜこのようなことが起こるのか、自然や暮らしの中ではどのような形で現れるのか、そして過冷却を扱う際に何を知っておくべきかを、順に見ていきます。


過冷却を理解する

凝固点を下回っても凍らない液体

純粋な水について、通常の大気圧下での過冷却を説明する概念図。約0°Cの凝固点を下回っても液体の状態が保たれ、成長可能な氷の結晶核が形成された後、結晶が成長しながら潜熱を放出するという三つの段階を示している。小さな結晶核と成長した結晶の周囲には液体が残っており、右向きの二つの矢印が順序を、四つのオレンジ色の矢印が潜熱の放出を表している。
純粋な水は、通常の大気圧下では凝固点を下回っても液体のままでいることがある。核生成の後、結晶が成長するにつれて潜熱が放出される。凍り始めるタイミングや凍結の進み具合は条件によって異なり、この図は実際の粒子構造を再現したものではない概念図である。
冬の日、雪に覆われたバルコニーの手すりの上で、中の水が白く凍っていくペットボトル

過冷却とは、物質の状態が変わるはずの温度を過ぎても、元の状態が続く現象です。水であれば、0℃を下回っても氷にならず、水のままでいる状態を指します。このときの水を「過冷却水」といいます。

過冷却された液体は、見た目は普通の水と変わりませんが、非常に不安定な状態にあります。斜面の上でかろうじて止まっているボールのように、わずかなきっかけがあれば、より安定した状態である氷へと一気に変わろうとします。そのため、ボトルを振ったり氷のかけらを入れたりすると、一瞬で氷の結晶が広がっていきます。

過冷却は、水だけに見られる現象ではありません。金属やガラスの原料、さまざまな溶液でも起こり、化学や材料工学における重要な研究対象となっています。

過冷却を初めて記録に残した人物として、温度目盛りで有名なドイツ系の科学者ダニエル・ガブリエル・ファーレンハイト(Daniel Gabriel Fahrenheit)が挙げられます。彼は1724年、空気を抜いたガラス容器の中の水が、凝固点より冷たくなっても凍らず、容器を振るとすぐに凍りつく様子を観察したと報告しました。この観察は、水がいつ凍るかは温度だけでは決まらないという事実を示した初期の記録として残っています。


なぜすぐには凍らないのか

ガラス皿の中の澄んだ水の表面に沿って広がる繊細な氷の結晶

過冷却が起こるのは、液体が固体になるには、まず「種」が必要だからです。

(1)凍るには結晶核が必要
水が凍るには、まずいくつかの水分子が氷の構造に沿って整然と集まり、小さな塊を作る必要があります。この塊を結晶核といい、結晶核ができる過程を核生成(Nucleation)と呼びます。結晶核が小さすぎると、すぐにまたばらばらになってしまうため、ある程度の大きさに成長して初めて、氷が広がっていくことができます。

(2)不純物や表面が種の役割を果たす
普通の水には、ほこりや小さな気泡、容器のざらついた表面などがあり、これらが結晶核のできる場所を作りやすくします。反対に、きれいな水を滑らかな容器に入れて静かに冷やすと、種になる場所が少ないため、過冷却が起こりやすくなります。

(3)純粋な水は、はるかに低い温度まで凍らずにいられる
不純物をほとんど含まない、ごく小さな水滴は、氷点下30℃を下回っても凍らないことがあり、およそ氷点下38~40℃になって初めて、ひとりでに凍りつくことが知られています。


自然や暮らしの中の過冷却

着氷性の雨が降った後、厚い透明な氷に覆われた木の枝と赤い実

過冷却は、思っているよりも身近なところで頻繁に起こっています。

  • 雲(Cloud):氷点下の雲の中にも、凍っていない過冷却水滴がたくさん含まれています。飛行機がこのような雲を通過すると、水滴が翼に触れた途端に凍りつき、着氷が起こることがあります。
  • 着氷性の雨(Freezing Rain):上空で融けて雨になった水滴が、地表近くの氷点下の空気層を通り、過冷却されたまま落下して、地面や木の枝に触れた瞬間に凍り、透明な氷の膜を作ります。道路上の危険な凍結も、このようにして生じることがあります。
  • スラッシュ飲料(Slush Drink):冷凍庫で過冷却された飲み物を取り出して振ったり注いだりすると、その場で細かな氷ができ、この現象を楽しむこともあります。

似た原理を使った製品もあります。金属板を押して使うカイロは、酢酸ナトリウム溶液が、固まるはずの温度より低くなっても液体のままでいる状態を利用しています。中に入っている金属板を曲げると結晶ができ始め、溶液が固まる際に熱を出して手を温めてくれます。


過冷却を扱うときに知っておきたいこと

精密温度計のプローブの横で、透明な液体の入った小さなガラス瓶を持つ、科学者の手袋をはめた手

過冷却は、役立つ技術にもなります。食品分野では、食材を凍らせずに凝固点より少し低い温度に保ち、鮮度を長く維持しようとする研究が続けられています。氷の結晶ができないため、細胞が傷つきにくいという利点があります。

ただし、過冷却状態はいつでも崩れうることを覚えておく必要があります。わずかな振動や温度変化だけでも一気に凍ることがあるため、過冷却を利用する装置では、温度を精密に制御しなければなりません。着氷性の雨が予報されている日は、道路が濡れているように見えても凍っている可能性があるため、運転や歩行にはいっそう注意するとよいでしょう。

また、過冷却は「0℃になれば必ず凍る」という単純な考えが、いつも正しいとは限らないことを示しています。状態が変わるには、温度だけでなく、その変化を始めるきっかけも必要だという点が、過冷却から得られる大切な教訓です。


過冷却は、凍るはずの温度を過ぎても液体のままでいる、物質の不思議な姿です。この現象を知ると、冬空の雲や凍結した道、冷凍庫の中の飲み物からカイロまで、より新鮮な目で見ることができます。

変化には条件だけでなく、始まるきっかけも必要だと知ること。それが、物質の変化を深く理解する科学の第一歩です。