海外旅行に行くと、同じハンバーガー1個でも国によって値段が違うことにすぐ気づきます。ある国では自国のお金に換算するとかなり高く感じ、ある国では驚くほど安く感じます。味も大きさもほとんど同じ物なのに値段がこれほど開くなら、その差には2つの国のお金の価値をめぐる話が隠れているのかもしれません。この考えを気の利いた形で数字にしたのが「ビッグマック指数(Big Mac Index)」です。
ビッグマック指数とは、簡単に言えば「世界各国のビッグマックの価格を比べて、各国の通貨が適正な為替レートより高く、あるいは安く値付けされているかを推し量る指標」を意味します。イギリスの経済週刊誌エコノミスト(The Economist)が1986年から毎年発表しています。
本記事では、ビッグマック指数が生まれた背景から、その土台となる購買力平価説、実際の計算方法、そしてこの指数が抱える限界とさまざまな派生指数までを順に見ていきます。
ハンバーガー1個で為替レートを読む、ビッグマック指数の仕組みと使われ方
ビッグマック指数はどのように生まれたのか

ビッグマック指数は、初めから本格的な分析ツールとして作られたものではありませんでした。
(1) 半ば冗談として始まった
1986年9月、エコノミストの記者パム・ウッドール(Pam Woodall)が、難しい為替理論をわかりやすく示そうと、半ば冗談のように打ち出したのが始まりでした。同誌自身もこの指数を「為替理論を少しでも理解しやすくするためのもの」と紹介しています。
(2) なぜビッグマックだったのか
マクドナルドは世界中に店舗があり、看板メニューのビッグマックはどの国でもほぼ同じ材料と方法で作られています。さらに、ビッグマック1個の値段には材料費だけでなく、その国の賃金、賃料、広告費といったさまざまな事情が一緒に溶け込んでいます。
(3) 教科書に載った冗談
正式な為替評価ツールとして意図されたものではないにもかかわらず、今では世界的に広く知られ、多くの経済学の教科書や報告書に載っています。ハンバーガー(burger)と経済学(economics)を合わせた「バーガーノミクス(Burgernomics)」という言葉まで生まれました。
土台となる理論、購買力平価

ビッグマック指数は、経済学の古くからある考え方の一つをハンバーガーに置き換えたものです。
- 一物一価の法則(Law of One Price):同じ物はどこで買っても同じ値段であるべきだという考え方です。値段が違えば、安い所で買って高い所で売る人が現れ、結局は値段がそろうと考えます。
- 購買力平価(Purchasing Power Parity):この考え方を国と国の間に広げた理論で、2つの国の通貨の為替レートは、まったく同じ品物の組み合わせを同じ値段で買える水準へ動くはずだと考えます。
問題は、「まったく同じ品物の組み合わせ」を国ごとにそろえるのが非常に難しいという点です。経済協力開発機構(OECD)の購買力平価の計算には、消費財とサービスだけで3,000種類以上が含まれます。エコノミストは、この巨大な組み合わせをビッグマック1個に置き換えてしまうという大胆な単純化を選びました。
ビッグマック指数の計算方法

計算は2つの段階で行い、ふつうはアメリカを基準の国とします。
(1) ハンバーガーが示す為替レートを求める
ある国のビッグマックの値段(その国の通貨)を、アメリカのビッグマックの値段(ドル)で割ります。2023年7月、スイスのビッグマックは6.70スイスフラン、アメリカは5.58ドルだったので、ハンバーガーで見た為替レートは1ドル=約1.20フランになります。
(2) 実際の為替レートと比べる
当時の実際の為替レートは1ドル=約0.87フランでした。ハンバーガーが示す為替レートが実際より高いので、この計算どおりならスイスフランはドルに対して約38.5%割高だったことになります。逆に、ハンバーガーの為替レートが実際の為替レートより低く出れば、その国の通貨は割安だと見なします。

ビッグマック指数の限界と派生指数

ビッグマック指数は面白く直感的ですが、そのまま信じるには引っかかる点が多くあります。
(1) ビッグマックは輸出入できない
ハンバーガーの値段には、賃料や人件費のように国と国の間で売り買いできない費用が大きく含まれます。そのため、値段の差は必ずしも通貨だけの問題ではありません。地価や賃金が安い国ほど、ビッグマックは安く出やすくなります。
(2) 国によってビッグマックの立場が違う
ある国ではマクドナルドが町の食堂より高い外食なので需要が少なく、税金や競争の事情、価格戦略もまちまちです。牛肉を食べない人が多いインドでは、ビッグマックの代わりに鶏肉で作った「チキン・マハラジャ・マック」を比べます。
(3) 値段を無理に抑えたこともあった
アルゼンチン政府が物価統計を低く発表しているという疑いを持たれていた2011年ごろ、現地のマクドナルドがビッグマックをとりわけ安く売っているという報道が相次ぎました。政府が指数をよく見せるために値段を抑えさせたという疑惑が持ち上がり、報道の後の2012年6月にはビッグマックのセットの値段が突然26%上がりました。
(4) 似た指数がいくつも登場した
エコノミストは2004年1月にスターバックスのコーヒーに置き換えた「トール・ラテ指数(Tall Latte Index)」を発表し、ブルームバーグはイケアのビリー本棚の値段で比べる「ビリー指数(Billy Index)」を作りました。マクドナルドの店舗が少ないアフリカでは、KFCのチキンの値段を使う「KFC指数(KFC Index)」も登場しました。
ビッグマック指数は、為替レートを正確に当てる道具というより、難しい理論を誰もが手に取れるようにした考えるための道具に近いものです。なじみのあるハンバーガー1個でも世界経済の大きな流れを推し量れるという点が、この指数が長く愛されている理由です。
旅先で出会った見慣れない値札の裏に隠れたお金の価値を一度考えてみること、それが為替を理解する経済学の第一歩です。