ニュースや情報があふれる時代には、誰もがより多くのことを知るようになると思えます。新聞や放送、インターネットが同じ情報をすべての人に等しく届けるのだから、知っている人と知らない人の差も自然に縮まるだろうと期待してしまいます。ところが、マスコミュニケーション研究は、むしろその逆のことが起こりうると指摘しています。
マスコミュニケーション研究では、マスメディアが伝える情報が増えるほど、社会経済的地位の高い人々がより速く情報を得て、集団間の知識の差がかえって広がる現象を「知識格差仮説(Knowledge Gap Hypothesis)」と呼びます。情報が増えるほど全員がともに賢くなるのではなく、先行する人がさらに先へ進む可能性があるという意味です。
本資料では、知識格差仮説とは何か、最初に提唱された背景、格差が広がる理由、今日のデジタル格差とその事例、そして格差を縮める方法まで、順に見ていきます。
知識格差仮説を理解する
知識格差仮説とは何か


知識格差仮説は、1970年に米国ミネソタ大学の研究者フィリップ・ティチェナー(Phillip Tichenor)、ジョージ・ドナヒュー(George Donohue)、クラリス・オーリエン(Clarice Olien)が学術誌『世論季報(Public Opinion Quarterly)』に発表した論文で初めて提唱されました。
彼らの主張は単純です。ある社会にマスメディアを通じて特定の情報が多く流れ込むほど、教育水準と所得の高い集団が、そうでない集団よりもその情報を速く取り入れます。その結果、両集団がともに知識を増やしたとしても、両者の知識の差は縮まるよりも広がる傾向を示します。
ここで大切なのは、情報をあまり持たない集団が何も学べないという意味ではないことです。誰もが少しずつ知識を増やしていても、その増加速度が異なるために格差が広がるというのが、この仮説の核心です。
なぜ格差は広がるのか

研究チームは、社会経済的地位によって情報を取り入れる速度が異なる理由として、いくつかの要因を挙げました。
- コミュニケーション能力(Communication Skills):教育を多く受けた人ほど文章を読んで理解する力が高く、難しい記事も素早く理解します。
- 蓄積された知識(Stored Information):背景知識が豊富な人は、新しい情報を既存の知識に容易に結びつけ、よりよく記憶します。
- 関連する社会的接触(Relevant Social Contact):身近にその話題について話し合える人が多いと、情報をやり取りすることで理解が深まります。
- 選択的接触(Selective Exposure):人々は、自分の関心や状況に合う情報を選んで見聞きし、取り入れ、記憶します。
- マスメディアの性質(Nature of the Mass Media):当時、科学や公共問題などの情報は主に新聞や雑誌といった印刷メディアで伝えられており、こうしたメディアは教育水準の高い人々により多く読まれていました。
結局、同じ情報がすべての人に与えられても、それを受け止める器の大きさが異なれば、蓄積される量も変わります。
知識格差を示した事例

知識格差をよく示す事例として、米国の子ども向け教育番組『セサミストリート(Sesame Street)』に関する研究がよく取り上げられます。この番組は、経済的に厳しい家庭の子どもたちに学習機会を与えることを目的に制作されました。
ところが、この番組を改めて検討した1975年の研究では、経済的に余裕のある家庭の子どもたちのほうが番組を頻繁に視聴し、そのため学ぶことも多かったという結果が出ました。すべての子どもに役立ったものの、最初から先行していた子どもたちがより多くの恩恵を受けたことになります。
この考え方は、今日のデジタル格差(Digital Divide)へとつながります。インターネットやスマートフォンが広く普及した後も、機器を扱う能力、信頼できる情報を見極める力、情報を活用するための時間の違いによって、得られる知識や機会は大きく異なります。接続できるかどうかよりも、どのように活用するかが新たな格差を生み出しているのです。
格差を縮める方法

知識格差は、避けられない運命ではありません。その後の研究は、条件によって格差が縮まることもあると示しました。
格差が縮まる条件
地域社会の誰もが関心を持つ争点や、多くの人が活発に議論する話題では、格差が縮まる場合がありました。また、すでに多くを知っている人にとって新たに学ぶことがほとんどなくなると、後に続いていた人々が追いつく天井効果(Ceiling Effect)が現れることもあります。
実践方法
(1)わかりやすい情報を作る
公共の情報を、難しい用語の代わりに誰もが理解できる言葉や図で伝えると、情報を取り入れる速度の差が縮まります。
(2)さまざまな経路で伝える
文章だけでなく、放送、映像、地域の集まりなど、さまざまな経路で伝えることで、より多くの人に届けられます。
(3)活用する力を育てる
図書館や地域の機関によるメディア教育は、情報を探し、見極める能力を育て、格差の根本にあるコミュニケーション能力の差を縮めます。
知識格差仮説は、情報を大量に広めるだけでは、誰もがともに前進できるわけではないことに気づかせてくれます。むしろ、情報があふれるほど、それを受け止める力の差がより大きく表れることがあります。
だからこそ大切なのは、情報の量よりも、誰にどのように届くかです。情報を伝える人は、最も届きにくいところにいる人にも理解できるように伝え、情報を受け取る人は、自ら探して吟味する力を育てる必要があります。
情報がすべての人に等しく届くよう、ともに努めること。それが、より公正な知識社会への第一歩です。