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皮をむいたリンゴの色が変わる理由、酵素的褐変(Enzymatic Browning)

お弁当に入れようと皮をむいておいたリンゴが、お昼には黄色っぽく変色していた経験は、誰でも一度はあるでしょう。切っておいたジャガイモや半分に切ったアボカド、皮をむいたバナナも同じです。傷んでいるわけでもないのに色が変わるこの現象が、「酵素的褐変(Enzymatic Browning)」です。

酵素的褐変とは、簡単に言えば「果物や野菜に含まれる酵素が空気中の酸素を使ってフェノール化合物を酸化し、その結果、褐色の色素が生じる反応」を意味します。肉を焼いたときの褐色が熱によって起こるメイラード反応によるものだとすれば、リンゴの褐色は常温でも酵素によって生じる、別の仕組みの褐色です。見た目には鮮度が落ちたように見えますが、同じ反応が紅茶の赤い色や深い味わいを生み出すこともあります。

本資料では、酵素的褐変の意味と反応が起こる仕組みから、日常生活で褐変を遅らせる方法、さらに褐変を意図的に利用する食品や新しい技術まで、順に見ていきます。

リンゴを切ると、隔てられていたPPO酵素とフェノール成分が接触し、酸素を使った酸化によってキノンが生じた後、褐色の色素が形成される過程。酸性化、ビタミンC、酸素との接触を減らすこと、冷蔵は褐変を遅らせる。
酵素的褐変の過程と、その速度を遅らせる方法。出典: ACS, University of Minnesota Extension.

リンゴの褐色に隠された酵素の科学

酵素的褐変とは何か?

明るい色の木製まな板に切った赤いリンゴが置かれ、切り口の一部は白く、一部は空気に触れて薄い褐色に変わっている様子

酵素的褐変は、植物組織が切られたり押されたりして傷ついたときに始まります。傷のない細胞内では、反応の材料と酵素が別々の区画に分かれているため、接触することはほとんどありません。包丁で切ったり打ち傷ができたりして細胞壁や膜が破れると両者が混ざり、そこに空気中の酸素が加わることで、すぐに反応が始まります。

  • ポリフェノール酸化酵素(Polyphenol Oxidase):銅を含む酵素で、略してPPOと呼ばれ、褐変反応を進める主役です。
  • フェノール化合物(Phenolic Compounds):果物や野菜の渋味や香りを生む成分で、褐変の材料になります。
  • メラニン(Melanin):反応の末にできる褐色や黒色の色素で、人の肌の色を生む色素と同じ系統です。

同じリンゴでも品種によって褐変の速さが異なるのは、酵素の量やフェノール化合物の種類が品種ごとに異なるためです。ジャガイモ、ナス、ゴボウ、レンコンのように、切るとすぐに色が変わる野菜には、この両者が特に豊富に含まれる傾向があります。


褐色ができるまでの3段階

白い皿の上に並んだリンゴの切れ端が、左の白い切り口から右の濃い褐色の切り口へと順に変化していく様子

酵素的褐変は、いくつかの段階の化学反応が連続して起こることで進みます。前半の段階は酵素が担い、後半の段階は酵素がなくても自然に進みます。

(1)酸化:フェノールからキノンへ
ポリフェノール酸化酵素は、酸素を使ってフェノール化合物を「キノン(Quinone)」という反応性が非常に高い物質に変えます。この段階では、まだ目に見える褐色はほとんどありません。

(2)重合:キノン同士が結びつく
キノンは不安定なため、互いに結びついたり、タンパク質やアミノ酸と結合したりします。分子が次第に大きくなるにつれて、光を吸収する性質が強まります。

(3)着色:メラニンの登場
大きくなった分子は、やがて褐色の色素であるメラニンになります。この時点から、リンゴの切り口は黄色っぽい色から、次第に濃い褐色へと変わっていきます。

この反応には、酵素、フェノール化合物、酸素、そして酵素が働きやすい条件のすべてが必要です。ポリフェノール酸化酵素は、おおむね酸性度(pH)が5~7付近で最も活発に働き、pHが3を下回ると、ほとんど働けなくなります。これらの条件のうち、どれかを欠くだけでも褐変は大幅に遅くなります。


身近な例で見る褐変を遅らせる方法

明るいキッチンの調理台で、ガラスの器に入ったリンゴの切れ端にレモン汁を搾りかけ、隣の器ではリンゴを水に浸している様子

褐変を防ぐ方法は、結局のところ、反応に必要な条件のうち、どれかを取り除くことです。台所でよく使われる工夫にも、それぞれ科学的な理由があります。

[事例1]レモン汁をかけ、砂糖水に浸したリンゴ

レモン汁をかけると、酸がpHを下げて酵素の働きを弱め、レモンに含まれるビタミンC(アスコルビン酸)がキノンを再び無色のフェノールに戻します。ただし、ビタミンCは働くとともに消費されるため、時間がたって使い切られると、褐変が再び始まります。薄い食塩水や砂糖水に浸すことにも、表面を空気に触れにくくする効果があります。

[事例2]湯通しと真空包装

冷凍野菜を作る際に、熱湯や蒸気で短時間加熱するのは、熱によって酵素そのものを壊すためです。真空包装や窒素充填は酸素を取り除き、冷蔵保存は反応速度を遅らせます。

  • 酸性化(Acidification):クエン酸や酢でpHを下げ、酵素の活動を抑える方法です。
  • 還元剤(Reducing Agent):ビタミンCのように、キノンを元の物質に戻すことで色が生じないようにする物質です。
  • ブランチング(Blanching):短時間加熱して酵素を不活性化する加工工程です。

かつて飲食店のサラダバーでは、野菜を新鮮に見せるために亜硫酸塩を散布していました。しかし、喘息患者を中心に重い過敏反応が相次いだことから、米国食品医薬品局(FDA)は1986年、生で食べる果物や野菜への亜硫酸塩の使用を禁止しました。


褐変を利用する食品と新しい技術

明るいテーブルの上に、赤い紅茶と淡い緑色の緑茶を入れたガラスのティーカップが並び、その手前にそれぞれの茶葉が置かれている様子

褐変は、常に避けるべきものとは限りません。食品によっては、この反応を意図的に起こすことで、独自の色や味を生み出しています。

(1)紅茶と緑茶の分かれ道
同じチャノキの葉でも、揉んだりつぶしたりして、酵素がカテキンを十分に酸化するようにしておくと紅茶になります。この過程で生じるテアフラビンとテアルビジンが、赤いお茶の色と深い味わいを生み出します。反対に、摘んですぐに釜炒りしたり蒸したりして酵素の働きを止めると、緑色の緑茶になります。

(2)ドライフルーツの濃い色
レーズンや干し柿などの乾燥させた果物が濃い褐色を帯びるのにも、酵素的褐変が一役買っています。乾燥中に起こるほかの褐変反応とともに、特有の色や風味を生み出します。

(3)褐変しないリンゴ
カナダのオカナガン・スペシャルティ・フルーツは、リンゴ自身の遺伝子断片を使ってポリフェノール酸化酵素の遺伝子の働きを抑えた「アークティック・アップル(Arctic Apple)」を開発し、米国農務省は2015年にこれを承認しました。切っても白い切り口が長持ちしますが、遺伝子組換え作物であることをめぐる議論も残っています。


酵素的褐変は、傷ついた植物組織で酵素とフェノール化合物、酸素が接触し、褐色の色素を生み出す自然な反応です。そのため、酸や熱、酸素の遮断、低温によって反応条件のどれかを欠くようにするだけでも遅らせることができ、反対に、紅茶のようにうまく制御すれば、新たな味や色を生み出せます。

皮をむいたリンゴの褐色の切り口から、酵素が働く様子を思い浮かべてみること。それが、台所を小さな実験室に変える食品科学の第一歩です。