原子炉を水中に沈めておく研究用プールの写真を見ると、水全体が神秘的な青い光で輝いている様子が見られます。照明をつけたわけでも、水に色を混ぜたわけでもないのに、原子炉の炉心の周りがまるで自ら光を放っているかのように青く染まっています。
この光の正体こそが「チェレンコフ放射(Cherenkov Radiation)」です。チェレンコフ放射とは、電荷を帯びた粒子が水やガラスのような物質の中を、その物質中の光より速く動くときに円錐形に広がって出てくる光を意味します。
本資料では、チェレンコフ放射が発見された経緯と光が生まれる原理、青色を帯びる理由、そしてこの光を利用して宇宙と物質をのぞき込むさまざまな活用例まで、順に見ていきます。
物質中の光を追い越す粒子の光
チェレンコフ放射が明らかになるまで

チェレンコフ放射は何人もの人が先に垣間見ていましたが、一人の若い研究者の粘り強い実験のおかげで、ようやくその正体が明らかになりました。
(1) 先に通り過ぎた観察
イギリスの物理学者オリヴァー・ヘヴィサイド(Oliver Heaviside)は、1888年から1889年にかけて、このような光が生じうるという理論を発表しました。1910年にはマリ・キュリー(Marie Curie)が濃いラジウム溶液にかすかな青い光を見ましたが、その原因を特に研究することはありませんでした。
(2) チェレンコフの実験
1934年、ソ連のレベデフ研究所のパーヴェル・チェレンコフ(Pavel Cherenkov)は、指導教授セルゲイ・ヴァヴィロフ(Sergey Vavilov)のもとで放射性物質を浸した液体を観察していたところ、かすかな青い光を発見しました。彼はこの光が特定の方向に偏って出てくることを確かめ、一般に知られている蛍光とは異なる現象だと結論づけました。そのため、この光はヴァヴィロフ・チェレンコフ放射とも呼ばれます。
(3) 理論とノーベル賞
1937年、同僚の物理学者イーゴリ・タム(Igor Tamm)とイリヤ・フランク(Ilya Frank)が特殊相対性理論をもとに、この光が生まれる原理を説明しました。3人はこの功績により、1958年のノーベル物理学賞を共同で受賞しました。
光より速いという言葉の意味

アインシュタインの相対性理論によれば、どんな物体も真空中の光の速さである秒速約30万kmを超えることはできません。ところが、チェレンコフ放射は粒子が光より速いときに生じるというので、一見矛盾しているように聞こえます。
- 真空中の光(Speed of Light in Vacuum):秒速約30万kmで、どの粒子も超えられない宇宙の速度の限界です。
- 物質中の光(Phase Velocity of Light):光は物質を通るときに遅くなり、水中では真空中の速さの約75%に落ちます。
- 屈折率(Refractive Index):物質の中で光がどれだけ遅くなるかを表す値で、水は約1.33です。
ポイントは、基準が真空ではなく物質だという点です。原子炉や粒子加速器から飛び出した電子は、真空中の光よりは遅いものの、水中の光よりは速く走ることができます。このとき初めてチェレンコフ放射が生じます。
光が円錐形に広がる原理

チェレンコフ放射は、超音速機が生むソニックブームや、速く走る船の後ろに広がるV字形の波とよく似た仕組みで生じます。
(1) 揺さぶられた物質が出す光
電荷を帯びた粒子が通り過ぎると、周りの分子が一瞬揺さぶられ、元に戻りながら弱い光を出します。粒子が遅いときは、これらの光が互いにずれて打ち消し合い、ほとんど見えません。
(2) 重なって大きくなる光の波面
粒子が物質中の光より速いと、先に出た光が広がりきる前に粒子が先へ進んで次の光を出します。その結果、光の波面が一列に重なって互いに強め合い、粒子を頂点とする円錐形の光が生まれます。
(3) 速さを教えてくれる角度
円錐の開く角度は、粒子の速さと物質の屈折率で決まります。粒子が速いほど円錐は大きく開くので、角度を測れば逆に粒子の速さを知ることができます。

青色を帯びる理由
チェレンコフ放射は、波長の短い光ほど多く出ます。そのため、私たちの目に見える光のうち波長の短い青色の側が目立ち、目に見えない紫外線も多く混じって出てきます。
宇宙と体の中をのぞき込む光

チェレンコフ放射は、目に見えない粒子を捉える優れた信号になります。光の向きと強さを読むだけで、粒子がどこから来て、どれほど速かったのかが分かるからです。
(1) 巨大な水タンクでのニュートリノ観測
日本の神岡鉱山の地下約1,000mにあるスーパーカミオカンデ(Super-Kamiokande)は、純水5万トンを満たしたタンクの壁に、光検出器を約1万1千個取り付けています。ニュートリノが水とぶつかって飛び出した粒子が出すチェレンコフ光を捉えており、ここでの観測はニュートリノ振動を明らかにして、2015年のノーベル物理学賞につながりました。
(2) 南極の氷と空を使う望遠鏡
南極のアイスキューブ(IceCube)は、1立方キロメートルの氷の中に検出器を埋め込み、同じ原理でニュートリノを探します。宇宙から飛んできたガンマ線が大気とぶつかるときに生じるごく短いチェレンコフ光を捉える地上望遠鏡も、世界各地で運用されています。
(3) 原子炉と医療の現場
使用済み核燃料を入れたプールでは、青い光の強さを見て燃料がきちんと入っているかを点検することもあります。放射線治療を受けていた患者が目の前に閃光を見たと話していた現象も、2019年の研究で眼の中の硝子体で生じたチェレンコフ光が確認されたことで説明されました。
チェレンコフ放射は、光より速くはなれないという法則に逆らう現象ではなく、物質の中で遅くなった光と、それより速い粒子が出会って生じる自然な結果です。原子炉プールの一筋の青い光が、地球の反対側の宇宙から来た粒子の便りを届けてくれることもあります。
なじみのある光の速さにも基準となる舞台があると知ること、それがチェレンコフ放射を理解する過程の第一歩です。