福祉施設や相談機関を初めて訪れた人は、自分の話を最初から最後まで言葉で語らなければなりません。職場、学校、病院、親戚、近所まで絡み合った事情を言葉だけで説明していると、聞く人も話す人もすぐに迷子になりがちです。そんなとき、ソーシャルワーカーが一枚の紙に丸と線を描き始めると、複雑だった暮らしの姿が一目で整理されます。この図こそが「エコマップ(Ecological Map)」です。
エコマップとは、簡単に言えば「家族や個人を中央の円に置き、それを取り巻く職場・学校・病院・親戚・近所といった外部システムとの関係を線の形で描き分け、強いつながりと弱いつながり、対立を一枚で示すアセスメントツール」のことです。日本語では生態地図とも呼ばれ、英語では略してEco-mapとも言い、ソーシャルワーク実践の現場で最も広く使われている図示ツールの一つです。
本稿では、エコマップが生まれた背景から、描き方と線の意味、相談現場での活用法、そして使うときに注意すべき点までを順に見ていきます。
暮らしの関係を一枚に収めるエコマップ
言葉の代わりに図で見る家族の環境

エコマップは、アメリカのソーシャルワーク研究者アン・ハートマン(Ann Hartman)が1975年に考案しました。当時ハートマンはミシガン大学ソーシャルワーク大学院の児童福祉研修事業に携わり、公的な児童福祉の現場で働くソーシャルワーカーが家族に必要なものを容易に把握できる方法を探していました。このツールは、1978年に学術誌『ソーシャル・ケースワーク(Social Casework)』に掲載された論文を通じて広く知られるようになりました。
ハートマンが図に着目した理由は次のとおりです。
(1)文章による記録の限界
家族を取り巻くさまざまな関係を文章だけでまとめると、それらの関係が互いにどう絡み合っているのかがぼやけやすくなります。
(2)環境の中の人という視点
ソーシャルワークは、人の困りごとをその人ひとりの問題ではなく、周囲の環境とのやり取りの中でとらえます。エコマップは、この視点を目に見える形にしたツールです。
(3)一緒に描く対話
紙を間に置いて一緒に描くと、相談は問いと答えの時間から、一緒に見つめる時間へと変わります。
ハートマンは同じ論文で、複数世代の家族関係を描くジェノグラム(Genogram、家系図)も紹介しました。ジェノグラムが家族の中の歴史を示すとすれば、エコマップはいま家族が外の世界と結んでいる関係を示すという点で、両者は互いを補い合います。
丸と線で描く方法

エコマップを描く手順は簡単です。紙の真ん中に大きな円を描いてその中に同居する家族を書き込み、周りに小さな円を描いて、家族と関係を持つ外部システムを一つずつ書き入れます。職場、学校、病院、親戚、宗教団体、余暇活動、福祉機関などがよく入り、家族ごとに異なるシステムは空いた円に直接書き込みます。
次に中央の円と外側の円を線で結びますが、線の形が関係の性質を表します。
- 太い実線(Strong Connection):助けになる大切な関係を表します。
- 点線(Tenuous Connection):つながってはいるものの、弱くゆるやかな関係を表します。
- 斜線を入れた線(Stressful Connection):線の上に短い斜線を引き、対立やストレスのある関係を表します。
- 矢印(Arrow):支援や関心、力がどちらの方向に流れているかを示します。
線は家族全体と結ぶこともできれば、家族のうち一人とだけ結ぶこともできます。機関や教科書によって記号が少しずつ異なるため、図の片隅に記号の意味を書いておくと、ほかの人も読みやすくなります。
相談現場でエコマップを使う方法

エコマップは、図を完成させること自体よりも、描く過程で交わす対話のほうが大切です。ハートマンも当初は3種類の線を決めていましたが、相談のツールとして使う場合は、線の意味を決めてしまうより、クライエントに関係を自分の言葉で説明してもらい、その言葉を線の横に書き込むほうがよいと考えました。
- 強みの発見(Strength Finding):太い実線で結ばれた関係は、困ったときに頼れる資源になります。
- 空白の確認(Gap Finding):線が一本もない領域は、つなぐべきサービスが必要な場所を教えてくれます。
- 変化の記録(Change Tracking):最初のエコマップと数か月後のエコマップを並べると、関係がどう変わったかを一目で比べられます。
こうした理由から、エコマップは児童福祉や家族相談だけでなく、高齢者介護、障害者支援、さまざまなサービスをつなぐケースマネジメントの現場でも幅広く使われています。
エコマップを描くときの注意点

エコマップは手軽で強力なツールですが、一枚の図が一人の人生のすべてを収めることはできません。
一緒に描くために覚えておきたいこと
- クライエントの視点(Client Perspective):関係が良いか悪いかは、ソーシャルワーカーが判断するのではなく、本人が感じるとおりに描く必要があります。
- ある時点の図(Snapshot):エコマップは描いた日の関係を示すにすぎないため、状況が変われば描き直す必要があります。
- 個人情報の保護(Privacy Protection):家族や周りの人の繊細な情報が含まれるため、保管や共有には慎重であるべきです。
エコマップは、いくつかの丸と線だけで、一人の人がどんな関係の中で暮らしているのかを示してくれます。言葉ではなかなか見えなかった心強い支えと途切れたつながりが、紙の上でようやく姿を現すのです。
困りごとは人の内側だけにあるのではなく、解決の糸口もその人を取り巻く関係の中に隠れています。一人の人を取り巻くつながりを一緒に描いてみること、それこそがその人の暮らしを丸ごと理解する福祉の第一歩です。
