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移しただけなのに両方上がった、ウィル・ロジャース現象(Will Rogers Phenomenon)

1930年代、アメリカ中南部は激しい砂嵐と干ばつに苦しんでいました。農業に失敗したオクラホマの人々は荷物をまとめて西のカリフォルニアへ向かい、彼らは「オーキー(Okie)」と呼ばれました。この頃の出来事について、オクラホマ出身のコメディアン、ウィル・ロジャースが言ったと伝えられるジョークがあります。オーキーたちがオクラホマを離れてカリフォルニアへ行ったら、両州の平均知能がどちらも上がったという内容です。

一人も賢くなっていないのに両方の平均が一緒に上がるという話は、一見すると言葉遊びのように聞こえます。ところが数字で確かめてみると、このジョークは実際に成り立ちます。このように、ある集団の一部を別の集団に移しただけで二つの集団の平均がどちらも上がる現象を「ウィル・ロジャース現象(Will Rogers Phenomenon)」といいます。

本記事では、ウィル・ロジャース現象という名前の由来と基本原理から、数字でたどる例、医学統計に現れたがんのステージ移動の事例、そしてこうした錯覚にだまされない方法までを順に見ていきます。


移しただけで上がる平均、ウィル・ロジャース現象

ウィル・ロジャース現象の仮想の数値例。Aは1、2、3、4で平均2.5、Bは5、6、7、8、9で平均7。5をBからAに移すとAの平均は3、Bの平均は7.5となりどちらも上がるが、全9個の合計45と全体平均5は変わらない。
数字そのものは変えずに、5を一つだけBからAに移した仮想の算術例です。集団ごとの平均の上昇は、個々の値が良くなったことを意味しません。出典:Feinstein ほか, The Will Rogers Phenomenon, NEJM (1985)。

名前の由来と基本原理

1930年代のアメリカ大平原、ほこりっぽい田舎道で、一家が古いトラックに家財道具を積んで旅立つ準備をしている様子

ジョークの論理はこうです。去っていった人々はオクラホマでは平均より少し劣るほうでしたが、カリフォルニアに行くとそこの平均より優れたほうだったというのです。すると、オクラホマは平均を下げていた人々が抜けて平均が上がり、カリフォルニアは平均を押し上げる人々が入ってきて平均が上がります。

ただし、この言葉が本当にウィル・ロジャースの口から出たものかどうかははっきりしません。彼の言葉として知られるようになったのは彼の死後数十年たってからで、場所や人物だけを入れ替えた似たようなジョークは、それより前にすでに出回っていました。

この現象が起きるには、条件が一つ必要です。移る人の値が、去る集団の平均よりは低く、入る集団の平均よりは高くなければなりません。この条件さえ満たせば、その人が集団の中で最下位や1位である必要もありません。


数字でたどってみる

明るい木のテーブルの上、高さの違う木のブロックの二つのまとまりの間で、手が中くらいの高さのブロックを一つ、高いほうのまとまりから低いほうのまとまりへ移している様子

簡単な二つの数字の組で確かめてみましょう。A組は1、2、3、4で、B組は5、6、7、8、9です。

(1) 移す前
A組の平均は2.5、B組の平均は7です。9個の数字全体の平均は5です。

(2) 数字を一つ移す
B組で最も小さい5をA組に移します。5はB組の平均7より小さく、A組の平均2.5より大きい数です。

(3) 移した後
A組は1、2、3、4、5となって平均が3に上がり、B組は6、7、8、9となって平均が7.5に上がります。ところが全体の平均は依然として5です。

差がもっと極端な場合もあります。1、2からなる組と99、10,000、20,000からなる組で99を前の組に移すと、前の組の平均は1.5から34へ、後ろの組の平均は約10,033から15,000へと、そろって跳ね上がります。

二つの組がどちらも良くなったように見えますが、数字そのものは一つも変わっていません。全体の平均は各組の平均を人数で重み付けして合わせた値なのでそのまま変わらず、境界線が動いただけなのです。


がんのステージ移動、統計が生んだ生存率

静かな病院の読影室で、白衣を着た医師が読影台とモニターに映し出した胸部画像を調べている様子

このジョークは、医学統計の深刻な問題として再び登場しました。1985年、アメリカ・イェール大学のアルヴァン・ファインスタイン(Alvan Feinstein)の研究チームは、肺がん患者の生存率を比較した論文で、この現象にウィル・ロジャースの名前を付けました。友人がこのジョークをウィル・ロジャースの言葉として聞かせてくれたことがきっかけだったといいます。

研究チームが同じ病院群で1953~1964年に治療を受けた患者と1977年に初めて治療を受けた患者を比べると、後の患者のほうが三つの主なステージのすべてで6か月生存率が高くなっていました。治療が大きく進歩したかのように見える結果でした。しかし後の患者たちは、その間に新たに導入された複数の画像検査を受けており、以前なら見えなかったはずの小さな転移が見つかって、より進行したステージに分類し直された人が多かったのです。

移った患者たちは、元のステージでは状態が悪いほうでしたが、新しいステージでは状態が良いほうでした。その結果、二つのステージの生存率がどちらも上がったように見えたのです。これをステージ移動(Stage Migration)と呼び、治療が良くならなくても、診断方法が変わるだけで成績が良く見えることがあると示しています。実際、研究チームが検査技術とは関係のない症状の基準で分け直してみると、二つの時期の患者の生存率は同程度でした。

似たようなことは、ほかの病気でも報告されています。2008年には、多発性硬化症で磁気共鳴画像(MRI)を活用した新しい診断基準が使われるようになったことで、同じ現象が起こり得るという研究が発表されました。検査が鋭敏になるほど症状の軽い人まで患者に分類され、患者集団の経過が実際より良く見えることがあるというのです。


錯覚にだまされない方法

窓辺の木の机で、ある人が二つの箱に分けて入れた色紙のカードの束を、ノートと鉛筆をそばに置いて見比べている様子

ウィル・ロジャース現象は、病院だけでなく、学校、会社、地域の統計など、人を等級や集団に分けるところならどこでも起こり得ます。クラス分けを変えたり等級の基準を調整したりするだけで、すべてのクラス、すべての等級の平均が上がったように見えることがあります。こうした錯覚を避けるには、次の点を確認する習慣が役に立ちます。

  • 全体平均(Overall Average):集団ごとの平均だけを見ず、全体を合わせた平均が実際に変わったかどうかもあわせて確認します。
  • 分類基準(Classification Criteria):比較している二つの時期や二つの機関が、同じ基準で集団を分けたかどうかを確かめます。
  • 移動したメンバー(Migrated Members):どの集団からどの集団へ誰が移ったのかを切り離して、その影響を検討します。

平均は集団をひと目で示してくれる便利な数字ですが、境界線をどこに引くかによって、いくらでも違う顔を見せます。みんなが良くなったという数字を前にしたとき、誰がどこへ移ったのかをまず問うこと、それが数字の錯覚を取り払う統計的思考の第一歩です。