洋服店に入って気に入ったセーターを見つけたのに、よりによって欲しい色だけが売り切れていることがあります。反対に、倉庫の片隅には誰も求めない色のセーターが山のように積まれていることもあります。何が売れるかを前もって正確に当てるのが難しいために起こることです。
この問題を解く物流の知恵の一つが「延期戦略(Postponement Strategy)」です。製品を完成品にして積み上げておくのではなく、色・包装・言語のように製品を互いに異なるものにする最後の作業を、顧客の注文や需要がはっきりするまでできるだけ先送りする方法です。
本記事では、延期戦略の意味と由来から、何を先送りするかによる種類、実際の企業事例、そして導入するときに検討すべき点まで、順に見ていきます。
決定を遅らせるほど在庫は軽くなる、延期戦略の原理と活用

延期戦略とは何か?

延期戦略とは、サプライチェーンの中で製品を差別化する段階を、できるだけ顧客の近く、そして販売時点の近くまで遅らせる戦略です。「レイト・カスタマイゼーション(Late Customization)」や「製品差別化の遅延(Delayed Product Differentiation)」とも呼ばれます。
(1)概念の出発点
この考え方は、1950年にアメリカのマーケティング学者ロー・オルダーソン(Wroe Alderson)が初めて名づけました。彼は、製品が購入時点に近づいてから形を分けるほうが流通コストを減らせると考え、これを「延期の原理(Principle of Postponement)」と呼びました。
(2)投機との比較
1965年、ルイス・バックリン(Louis Bucklin)は延期の反対概念として「投機(Speculation)」をあわせて説明しました。投機とは、需要を予測して完成品を前もって作り、顧客の近くに積んでおく方法です。投機は規模の経済と素早い供給に有利で、延期は在庫リスクを減らすのに有利です。
(3)核心となる原理
複数の製品が共有する共通部分は前もって大量に作っておき、異なる部分だけを後から付け加えます。一つの共通在庫で複数の製品の需要に対応できるため、製品ごとに別々に在庫を積むときよりも予測誤差の負担が小さくなります。
何を先送りするのか、延期戦略の5つの種類

1988年、ウォルター・ジン(Walter Zinn)とドナルド・バワーソックス(Donald J. Bowersox)は、先送りする作業に応じて延期戦略を5つに分けました。
- ラベル貼付の延期(Labeling Postponement):同じ製品に付ける商標やラベルを、注文が入ってから貼ります。
- 包装の延期(Packaging Postponement):製品を大きな単位で保管しておき、注文に合った大きさと形に後から包装します。
- 組立の延期(Assembly Postponement):部品の状態で置いておき、顧客に近い場所で最終組立を行います。
- 製造の延期(Manufacturing Postponement):製造工程の一部そのものを市場に近い場所に移し、後から行います。
- 時間の延期(Time Postponement):完成品を中央倉庫に集めておき、注文が確認されてから各地域へ送ります。
最初の4つは製品の形を遅く確定する「形態の延期」で、最後の1つは物を送る時点と場所を遅らせる「場所・時間の延期」にあたります。
グレーのセーターとプリンター、延期戦略の代表的な事例

延期戦略が広く知られるようになったのは、いくつかの企業がこれを実際に成功させたおかげです。
(1)ベネトンの後染め
イタリアの衣料品会社ベネトン(Benetton)は、1970年代から糸を先に染める慣行を変えました。色を付けていないグレーの状態でセーターを編んで仕立てておき、そのシーズンにどの色が人気になるかを確かめてから、完成した服を染めたのです。工程コストは少し増えましたが、売れない色の在庫が大きく減り、人気の色はすばやく補充できました。
(2)HPの現地化の延期
アメリカのヒューレット・パッカード(Hewlett-Packard)は、デスクジェットプリンターを国別の電源装置や説明書まで工場で入れて完成させてから海外へ送っていました。その後、工場では共通のプリンターだけを作り、ヨーロッパとアジアの物流センターでその地域に合った電源装置と説明書を入れるように変えました。1993年に発表された研究によると、この方法で在庫を減らしながら、地域ごとの需要にもよりうまく対応できました。
(3)身近な事例
ペンキ店で白いベース塗料に客が選んだ着色剤を混ぜてくれる調色サービスも、同じ原理です。店は何百もの色を別々に積んでおく必要がなく、数種類のベース塗料をそろえておけば済みます。
延期戦略を導入するときに検討すべき点

延期戦略はどんな状況にも合う万能の解決策ではなく、製品と市場の性格によって効果が変わります。
(1)よく合う場合
製品の種類が多く種類ごとの需要を予測しにくいとき、製品寿命が短く在庫がすぐに古くなるとき、そして共通部分と異なる部分を簡単に分けられるときに効果が大きくなります。
(2)受け入れるべきコスト
最後の作業を複数の場所に分けて行うと、大量生産の利点が小さくなり、作業単価が上がることがあります。また、注文を受けてから作業を終えなければならないため、顧客の待ち時間が長くなることがあります。
(3)設計段階から一緒に考える
延期戦略は物流だけを変えても成功しにくいものです。HPの事例のように、最初から共通部品と差別化部品を分けて製品を設計してこそ、最後の段階を遅らせる余地が生まれます。
延期戦略とは、未来を正確に当てようと努めるかわりに、確実になるまで決定を残しておく知恵です。不確実性の大きい市場ほど、最後の一歩を遅らせる選択が在庫と機会をともに守ってくれます。
急いで完成させるより、ちょうどよい瞬間を待って仕上げること。それが無駄のないサプライチェーン運営の第一歩です。