新しく発売された携帯電話を初めて手にしたとき、ボタンの位置も画面の構成もまったく見慣れないものだったらどうでしょうか。どれほど優れた機能を備えていても、使うのをためらってしまうはずです。反対に、昨年のモデルと何ひとつ変わらなければ、わざわざ買い替える理由を見つけるのは難しいでしょう。人は新しいものに惹かれながらも、あまりに見慣れないものは避けようとします。
20世紀アメリカの工業デザインを牽引したレイモンド・ローウィ(Raymond Loewy)は、この微妙な綱渡りを一言でまとめました。デザインは人々が受け入れられる範囲の中で最も先へ進むべきだ、というものです。それが「MAYAの原則(Most Advanced Yet Acceptable)」です。
本記事では、MAYAの原則を生んだローウィとその誕生の背景から、新しさと馴染みが共に働く仕組み、実際のデザイン事例、そして今日のデザイナーがこの原則を使う方法と注意点までを順に見ていきます。
新しさと馴染みのバランス、MAYAの原則の仕組みと活用

レイモンド・ローウィとMAYAの原則の誕生

レイモンド・ローウィは1893年にフランスのパリで生まれ、1919年にアメリカへ渡りました。最初は雑誌や百貨店のファッションイラストレーターとして働いていましたが、1929年に工業デザイン事務所を開いて進路を変えました。
(1)謄写版印刷機の外観から始まったキャリア
ローウィが最初に手がけた大きな仕事は、イギリスのゲステットナー(Gestetner)社の謄写版印刷機の外観を整える作業でした。彼は機械部分をなめらかな外装で覆って見栄えよく変え、このデザインはその後長く使われました。
(2)アメリカ人の日常をデザインする
その後ローウィの会社は、シアーズ(Sears)のコールドスポット(Coldspot)冷蔵庫、ラッキーストライク(Lucky Strike)のたばこのパッケージ、グレイハウンド(Greyhound)のバス、ペンシルベニア鉄道の機関車、スチュードベーカー(Studebaker)の自動車などをデザインしました。1949年には、ニュース週刊誌『タイム(Time)』の表紙を飾ったこともあります。
(3)原則の名前
ローウィは1951年に出版した自伝『口紅から機関車まで(Never Leave Well Enough Alone)』などで自らの考えを語り、その哲学は「最も先進的でありながら受け入れられる」という意味の英語の頭文字を取ってMAYAという名で知られるようになりました。
新しさと馴染みが共に働く仕組み

ローウィは、大衆の好みは論理的に最も優れた解決策を必ずしもすぐに受け入れるわけではないと考えました。その解決策が人々の慣れ親しんだ基準からあまりに離れていると、まず拒否感が生まれるというのです。
- 新しさ(Novelty):初めて見る形や機能は好奇心をかき立て、以前のものより優れているという期待を抱かせます。
- 典型性(Typicality):そのものが属する種類らしい姿をしていると、人々は簡単にそれと分かり、心地よく感じます。
二つの力は互いに引き合い、押し合います。新しさばかりが大きくなると何に使うものなのか分かりにくくなり、馴染みだけが残るとすぐに退屈になります。MAYAの原則は、この二つが共に最も高くなる点を見つけよという要求です。
研究で確かめられた綱渡り
2003年、オランダのパウル・ヘッカート(Paul Hekkert)らの研究チームは、人々にさまざまな工業製品を見せて好みを調べました。その結果、典型性と新しさはそれぞれ好みを高めると同時に、互いの効果を打ち消し合うことが明らかになり、研究チームは最も優れたデザインとは両方を兼ね備えたものだと結論づけました。
事例で見るMAYAの原則

MAYAの原則は、新しい技術が初めて大衆の前に登場するときに特によく表れます。
(1)馬車に似た初期の自動車
初期の自動車は「馬なし馬車(Horseless Carriage)」と呼ばれるほど馬車に似た姿をしていました。人々がすでに知っていた乗り物の形を借りたおかげで、見慣れない機械もそれほど怖がられずに受け入れられました。
(2)少しずつ洗練されたローウィのデザイン
ローウィは冷蔵庫や機関車を一度にまったく別の物に変えるのではなく、誰もが見て分かる基本の形を守りながら線をなめらかに整える方法を選びました。消費者は見慣れた物が一段と洗練されたと感じました。
(3)画面の中の見慣れた形
初期のスマートフォンの画面が、本物のボタンや紙、革の質感をまねていたのも同じ流れです。指で画面を押すという見慣れない操作を見慣れた形で包み、覚えやすくしたのです。
デザイナーがMAYAの原則を使う方法と注意点

今日のプロダクトデザイナーやユーザーエクスペリエンス(UX)デザイナーも、MAYAの原則をよく思い浮かべます。大きな変化を一度に打ち出すのではなく、ユーザーがついて来られる速さで導くことが鍵です。
(1)見慣れた手がかりを残す
ボタンの位置、アイコンの形、基本的なメニュー構成のように、ユーザーがすでに知っている手がかりは残し、その上に新しい機能を加えます。
(2)変化を分けて打ち出す
大規模な刷新が必要なら、いくつかの段階に分けて、ユーザーが少しずつ慣れる時間を与えます。
(3)対象によって基準が変わる
何が受け入れられるかは人や時代によって異なります。新しい技術に詳しいユーザーはより大胆な変化を歓迎しますが、そうでないユーザーにとっては小さな変化でも負担になります。
ただし、馴染みにばかり頼ると革新が止まってしまうこともあります。MAYAの原則は変化を避けよという意味ではなく、人々が受け入れられる限界まで大胆に進めという意味です。
MAYAの原則は、良いデザインとは技術の可能性と同じくらい人の心を読むことだと気づかせてくれます。どれほど先進的な考えも、人々が受け入れられなければ世界を変えることはできないからです。
新しさを加えながらも、人々が見て分かる取っ手をひとつは残しておくこと。それこそが長く愛されるデザインへの第一歩です。