1990年代から2000年代初めにかけては、新しいコンピュータを買うたびに数字が目に見えて大きくなりました。数百メガヘルツだった処理速度が数年で数ギガヘルツに跳ね上がり、それでもコンピュータがその分熱くなったり、電気を何倍も食ったりすることはありませんでした。ところが2000年代半ばからは速度の数字がほとんど止まり、代わりにコアがいくつあるかを売りにし始めました。この変化の裏にある法則こそが「デナード則(Dennard Scaling)」です。
デナード則とは、簡単に言えば「トランジスタを小さくしながら電圧も同じ比率で下げれば、チップの同じ面積で使う電力はそのまま保たれる」という半導体の微細化の法則のことです。トランジスタの数が2倍になるというムーアの法則が「どれだけ多く」を語るとすれば、デナード則はそうして数を増やしてもチップが焼けずに、さらに速くなれた理由を説明します。
本記事では、デナード則が生まれた背景から、微細化がタダで性能をもたらした仕組み、この法則が崩れた理由、そしてその後コンピュータが性能を高める方法まで、順に見ていきます。
小さくなるほど速くなった時代とその終わり
IBM研究所から生まれた1974年の論文

この法則の名前は、米国IBM研究所の電気工学者ロバート・デナード(Robert H. Dennard)に由来します。彼はトランジスタ1個とキャパシタ1個で1ビットを記憶するDRAMセルを考案した人物としても有名です。今日のコンピュータやスマートフォンの主記憶装置の多くは、この構造を基にしています。
- 出発点(Original Paper):1974年、デナードと同僚たちは、ごく小さなMOSFETトランジスタを設計する方法を扱った論文を半導体回路の学術誌に発表しました。
- 核心となる条件(Constant Field Scaling):寸法と電圧を同じ比率で縮小し、トランジスタ内部の電界の強さを一定に保つ方式を提案しました。
- 名前の由来(Dennard Scaling):この縮小のルールは、のちに論文の筆頭著者の名前をとってデナード則(デナード・スケーリング)、またはMOSFETスケーリングと呼ばれるようになりました。
ムーアの法則が市場や生産の流れを見通した観察だったとすれば、デナード則は物理法則に基づいて、小さくすると何がどう変わるのかを計算した設計指針に近いものです。
縮めるほどタダで手に入った性能

デナード則の計算は思ったより単純です。世代ごとにトランジスタの長さと幅を約0.7倍に縮めるとしてみましょう。
(1)面積は半分になる
縦横がそれぞれ0.7倍になると、面積は約0.5倍になります。同じ大きさのチップにトランジスタを2倍入れられるということです。
(2)より速くオン・オフする
寸法が小さくなると、トランジスタが1回オン・オフするのにかかる時間も約0.7倍に縮まります。そのため同じ設計で動作速度を約1.4倍に高められます。
(3)電力密度はそのまま
トランジスタが使う電力は、おおよそ静電容量 × 電圧の2乗 × 動作速度に比例します。静電容量と電圧がともに0.7倍に減るので、速度を上げてもトランジスタ1個の電力は半分ほどになります。面積も半分になったので、同じ面積が使う電力は変わりません。
結局、チップメーカーはプロセスを1世代縮めるたびに、トランジスタは2倍に、速度はより速く手に入れながら、電力と熱はほぼそのままにしておくことができました。ソフトウェア開発者も何ひとつ変えずに、新しいコンピュータでより速いプログラムを楽しめました。
2000年代半ばにぶつかった電力の壁

この法則は2000年代半ばごろから成り立たなくなりました。寸法は縮め続けられても、電圧を一緒に下げることが難しくなったためです。
オフでも漏れる電流
トランジスタが小さくなりすぎると、オフの状態でも電流が少しずつ漏れ出すリーク電流(Leakage Current)が大きくなりました。トランジスタがオンになるしきい値電圧をさらに下げるとリークが急激に増えるため、電源電圧も一定の水準より下げにくくなりました。電圧が下がらないので、小さくするほど同じ面積で生じる熱はかえって増えていきました。
速度競争が止まった瞬間
熱を冷ませる限界に達すると、業界はこれを「電力の壁(Power Wall)」と呼びました。インテルは2004年、さらに高い速度を狙っていた次世代プロセッサの計画を中止し、デスクトップ向けプロセッサの基本速度はその後おおむね4ギガヘルツ前後にとどまるようになりました。
デナード以後に性能を高める方法

速度を思うように上げられなくなると、コンピュータ業界は性能を高める方法そのものを変えました。
(1)コアを複数入れる
1つのチップに処理装置であるコアを複数入れて仕事を分担させるマルチコアプロセッサが普及しました。ただし仕事を細かく分けられなければコアを増やしても効果は限られるため、プログラムも並列に書かなければ性能は上がりません。
(2)仕事に合った専用回路を使う
グラフィックス処理装置(GPU)や人工知能の計算用チップのように、特定の作業だけを非常に効率よくこなす専用回路が増えました。同じ電力でより多くの計算をするには、汎用性を少しあきらめるほうが有利だからです。
(3)すべてをオンにせず、必要なところだけオンにする
2011年、研究者たちは電力の限界のためにチップのすべてのトランジスタを一度に最大で動かすことはできず、一部はオフにしておかなければならないと指摘し、こうした休んでいる領域をダークシリコン(Dark Silicon)と呼びました。そのため最近のチップは、使っていない部分の電源を切り、必要なときだけ一時的に速度を上げるやり方で電力を節約しています。
デナード則は、小さくしさえすればすべてが良くなった時代がなぜ可能だったのか、そしてなぜ終わったのかを一度に示してくれます。今日、スマートフォンやデータセンターが電力効率を最も重要な数字と見なしているのも、この法則が残した宿題のためです。
タダの性能が終わった場所で、電力をどう分け合って使うかを考えること。それがデナード以後の時代を生きるコンピューティングの第一歩です。
